小学生、道徳「思いやり・正直」のジレンマ教材は「孫を信じる」で話し合う!実際に行った授業を紹介します!

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平成30年度から「道徳」の教科書ができ、教科書の内容を行うことになりました。当然道徳の授業は教科書の内容を行うことになると思いますが、教科書の内容ってジレンマ教材ではないことが多く、授業の盛り上がりを考えると使いづらいと感じませんか。「でも教科書の内容をやらないと。」と考えがちですが、実は教科書の内容は必ずやらなくてはならないわけではありません。教科書の内容でなくても、同じ価値でよりその価値を高められる教材であれば他の教材でもいいのです。

 

では,教科になれば道徳科の授業において教科書を必ず使用するのかといえば,一年間の全ての授業において教科書を使用しなければならないという拘束性はないと思われます。その理由として二つが考えられます。一つは,学校教育法第34条第2項に「前項の教科用図書以外の図書その他の教材で,有益適切なものは,これを使用することができる。」とあり,児童生徒の道徳性を育むことに,より効果がある場合は,教科書以外の教材を活用することが可能であることを明示しています。…

詳しくは以下のサイトをご覧ください。

https://www.mitsumura-tosho.co.jp/tokubetsu_dotoku/column/qa/vol17.html

そこで今回は、「思いやり・正直」をオリジナル教材で実践してみるという提案です。題材は「孫を信じる」です。実際に授業で行った内容を紹介します。教科書の内容を進めるだけで大変なのはわかりますが、ジレンマ教材になる題材ですので、「思いやり・正直」の授業の進め方の叩き台にしていただけたらと思います。

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目次

ジレンマ教材で話し合いその1 題材「孫を信じる」を読む

まず「孫を信じる」を読み登場人物と出来事をおさえます。内容は以下の通りです。嘘のような話ですが、実話です。

 

孫を信じる

 

登場人物は、「たくみくん」

 

 

「みなみくん」

 

 

「赤木先生」

 

 

「たくみくんのおじいちゃん」

 

 

「教頭先生」です。

 

 

たくみくんはクラスで友だちにぼう力をしてしまう子です。今日もみなみくんをけってしまいました。おじいちゃんの家に帰るとおじいちゃんに、
「今日学校で怒られた。校長先生に校長室に呼ばれてお説教されて、教室に帰った後、担任の赤木先生につきとばされた。」
と言いました。おじいさんはカンカンに怒って学校に文句を言いに行きました。おじいさんの話を聞くと、教頭先生は、

「今日、校長先生は出張で一度も学校にきていませんが。」
と言いました。しかしおじいさんは、
「わしが信じなければ誰が孫を信じるんだ。校長先生は学校にいた。」
と言ってききません。それどころか、みなみくんをけったことも、たくみくんは、
「けっていない。」
と言い始めました。おじいさんは、「みなみくんがうそつきだ。」と言いました。

 

というお話です。

「おじいさんの孫を信じる気持ちはよいことだと思いますか。」

と聞いてノートに考えを書かせました。

ジレンマ教材で話し合いその2 立場を決めて話し合う

 

「孫を信じる」の登場人物や話の流れについて確認が終わったところで、「おじいさんの孫を信じる気持ちはよいことか」を問いました。ノートに考えを書かせ、書いた子から黒板にネームプレートを置き立場をはっきりさせました。始めは、よいこと派3人、よいことではない派27人でした。

よいこと派の子たちの意見は、

「みんなで責めたらかわいそう。」

「家族は守ってあげた方がいい。」

という意見でした。

よいことではない派の子たちの意見は、

「嘘をついているのにそれまで信じるのはおかしい。」

「悪いことは悪いと教えてあげる方がたくみさんのため。」

という意見でした。

次にお互いに意見を交換してみることにしました。

よいこと派からよいことではない派の子たちへの意見は、

「たくみさんのことを信じてあげるのはおじいさんだけ。

「信じてもらえたらうれしい。」

という意見が出ました。

よいことではない派からよいこと派の子たちへの意見は、

「たくみさんがさんはこれからもうそをつく子になってしまう。かわいそう。」

「悪いことは悪いと教えてあげるほうが大切。」

という意見が出ました。

最後にどちらに賛成かを聞くと、よいこと派0人、よいことではない派30人になっていました。わたしのクラスでは、「嘘を信じる」よりも、「正直に言って素直に謝ることを教える」方が大切という考えが強かったようです。

 

 

ジレンマ教材で話し合いその3 どんな生き方がいいか話しをする

 

最後に、その後について話をしました。たくみさんはその後も、嘘をつきつづけました。おじいさんも「たくみさんを信じる。」と言いつづけました。結局たくみさんはみなみくんに謝らずに終わってしまいました。しかしクラスの子どもたちは、その後もたくみさんに蹴られ、謝ってもらえないため、たくみさんを敬遠するようになりました。赤木先生もたくみさんに好意的に接することがなくなりました。たくみさんは謝らないことでクラスの中で一人になってしまったのです。原因はやはり、「嘘をついた孫をしっかり怒らなかったおじいさん」です。あの時「嘘をついた孫」を心を鬼にして怒らなかったため、孫は逆にクラスの中で浮いた存在になってしまったのです。

私が小学生のとき、友達とのお金のトラブルで親に頬を叩かれたのを覚えています。結果私が悪いことをしていないことがわかったのですが、それでも私は感謝することはあっても、親を恨むことはありません。真剣に私のことを考え、導こうとしてくれた結果だからです。

 

 

最後に、話し合いにおける友達の意見と2人のその後を元にノートに感想を書いてもらいました。「嘘はよくない」「正直に謝ることを教えることも大切」などの感想が出ました。「信じる」は「何でも良い」のではなく、「正直な行動を信じる」ことが大切であると伝え授業を終えました。

 

まとめ

 

いかがだったでしょうか。子どもたちの振り返りを見ると、「孫だから何でも信じる」のではなく、真実によって「信じる」。正しくないことには「怒る」ことも思いやりということがわかったのではないかと感じています。道徳の授業で「思いやり・正直」を取り扱う際、試していただけたら幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

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