小学生、5年生「大造じいさんとガン」の話し合いは心情曲線で!実際に行った発問を紹介します!

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小学校5年生の物語文の中に、「大造じいさんとガン」があります。皆さんはどのように授業を進めていますか。今回は「大造じいさんとガン」を「心情曲線」を使って行った授業を紹介していきます。これから授業を行おうと考えている方の叩き台にしていただけたらと思います。

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「大造じいさんとガン」の心情曲線は、「大造じいさん」の「ガンに対する気持ち」で追う

「大造じいさんとガン」のクライマックスの場面は、「大造じいさん」が元気になったガンとお別れする場面です。「大造じいさん」の「残雪」が旅立っていくときの、「大造じいさんの気持ち」を考えます。
「大造じいさん」は、「残雪」をずっとライバルのように見てきました。「大造じいさん」は毎年「残雪」に一杯喰わされ、鳥である「残雪」をいつか仕留めてやろうと「いまいましく」思っていました。

クライマックスでは、「大造じいさん」は「残雪」に対して「鳥」という存在から「英雄」という存在に変わっています。そこには「大造じいさん」の心の変化があったと思われます。そこでこのお話では、「大造じいさん」を「中心人物」として考えていきます。そこで心情曲線は、「大造じいさんの残雪に対する思い」を書き込むワークシートにします。使った心情曲線は以下のファイルです。上のスペースには教科書の本文を貼り付け、文章のどこで曲線が変化するかを曲線で示していきます。

 

大造じいさんとガン 心情曲線 

 

 

「大造じいさんは残雪をとらえたい」のだから当然曲線は「憎い」の一番深い場所にあるはずです。しかし、最後に「大造じいさん」は「残雪」を「英雄」と言っていたことを考えると、どこかで「憎い」から「尊敬」に似た感情に動いたはずです。そこで曲線の中で「大造じいさん」の気持ちが「憎い」から「尊敬」に変わる部分を子どもたちに文章を元に考えさせます。

クライマックス場面の心情曲線で分かれたのは、

A「が、何と思ったか、また、じゅうを下ろしてしまいました。」

の部分から尊敬まで上がる曲線と、

 

大造じいさんとガン 心情曲線 A

 

B「大造じいさんは、強く心を打たれて、ただの鳥に対しているような気がしませんでした。」

の部分で尊敬に上がる曲線です。

 

大造じいさんとガン 心情曲線 B

 

「大造じいさんとガン」の主発問は、「大造じいさんの曲線はどこで上がるのか」で話し合う

 

どちらの答えが正しいと思うか、自分の考えをノートに書きます。書き終わったら、A 、B のどちらの考えかはっきりさせるため、黒板にマグネットを貼って立場をはっきりさせました。

2つの意見について話し合いを行います。「大造じいさん」の「残雪」に対する気持ちが「憎い」から「尊敬」に変わったのは、A「が、何と思ったか、また、じゅうを下ろしてしまいました。」か、

 

B「大造じいさんは、強く心を打たれて、ただの鳥に対しているような気がしませんでした。」のどちらの場面かです。

 

Aでは、賛成意見として、「仲間を助けるためにやぶさと戦う残雪を立派だと思ったから」や「じゅうを下ろしたということは憎い気持ちがなくなっているから」という意見が出てきました。

一方Bの賛成意見では、「『強く心を打たれて』から憎いという気持ちがなくなったから」や「『ただの鳥に対しているような気がしませんでした。』と書いてあるからここで気持ちが変わったから」という意見が出てきました。

Aに対する反対意見として、「ここでじゅうを下ろしたのは残雪がじいさんの飼っているガンのためにはやぶさと戦っているから」や「仲間を助けようとしているだけでじいさんが残雪をとらえたいという気持ちは変わらないから」という意見が出ました。

Bに対する反対意見として、「じゅうを下ろした時にただの鳥だと思っていないから、尊敬の気持ちはもっと前にあった」や「まだ憎いなら、残雪が傷ついている時にとらえていたはず」という意見が出ました。

そこで「大造じいさんの性格はどんな性格だろう。」と聞いてみました。「大造じいさんの性格」をよく表す部分は、最後の4場面のセリフに出ています。

「おうい、ガンの英雄よ。おまえみたいなえらぶつを、おれは、ひきょうなやり方でやっつけたかあないぞ。なあ、おい。今年の冬も、仲間を連れてぬま地にやって来いよ。そうして、おれたちは、また堂々と戦おうじゃあないか。」

このセリフから読み取れる大造じいさんの性格は、「卑怯は嫌い」「正々堂々と勝負して勝ちたい」という正義感の強い人物像が浮かんできます。それを元に、もう一度AとBの意見を発表してもらいました。すると、Aの場面は、「ここで撃ったら卑怯になる」からじゅうを下ろしたのではないかという意見が多く出てきました。

立場を決めて話し合いを行ったので、最後には解を示しました。この二つの意見はどちらも的を得ています。Aの「じゅうを下ろした時にじいさんは残雪に対する尊敬の念が浮かんでいた」というのは、鳥であるのに、頭領として仲間を見捨てずに守ろうとする姿から大造じいさんが心打たれる理由として適していますし、Bの「血まみれになりながらも大造じいさんをにらみつける誇り高い姿」は、もう鳥ではなく英雄という表現がぴったり合う姿ではないでしょうか。ただ、Aの「じゅうを下ろした時にじいさんは残雪に対する尊敬の念が浮かんでいたのか」を考えると疑問が残ります。もし尊敬の念があるとすると、じいさんは、「残雪はわしのガンを助けてくれている、立派だ。打つのはやめよう。」となります。一瞬でそこまで考えられるでしょうか。

また、大造じいさんの性格を考えると、「堂々と戦おう」という言葉から、「じゅうを下ろしたじいさんの動機」が現れています。じいさんは「尊敬」の念でじゅうを下ろしたのではなく、「正々堂々」の点からではないでしょうか。ハヤブサと戦っている残雪を打ったら、それは卑怯にあたります。そんな戦いをしたくないから大造じいさんはじゅうを下ろしたのではないでしょうか。と考えると、「血まみれ」になっても大造じいさんをにらみつける残雪の誇り高い姿に、心を打たれ尊敬の念をもったと考える方が自然です。

と伝えて授業を終えました。

 

まとめ

 

いかがだったでしょうか。今回「心情曲線」にして立場を決めて話し合うことで、子どもたちは教科書の中身をよく読み、自分の思いを込めた読み込みができるようになったのではないかと感じています。感想を交流しあうことも大切ですが、深い読み取りのために、教科書を元に話し合うことも大切な技能です。どんな風に授業を進めようか悩んでいる方にとって、今回の授業の流れを叩き台にしていただければ幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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